複雑システムを数理モデルで"理解する"ときに気を付けたいこと

 数理モデル(主に数式を用いて、対象とするものを表現すること)は経済学や物理学、工学や数学といった様々な研究分野で利用される、重要な道具である(ウィキペディアにも色々な例が述べられている)。しかし一方で、それにとらわれるあまり、そもそもの目的を見失った怪しげな研究が跋扈しているのも事実である。特に、広い意味で私の研究もカテゴライズされる社会物理学の分野では容易に怪しい研究が量産されやすい事情もあり(【物理学 Advent Calendar】物理学の人が社会シミュレーションを手がけるときに気をつけてほしいこと - 歩いたら休め でも議論されている)、ここで私の数理モデルに対する基本的な考え方について述べたいと思う。具体的な対象としては複雑システム(例えば、金融、交通流、群集挙動、などモデル化の手法が完全には確立していないもの)に関する話のつもりで述べる。

 

なぜ数理モデルを作るのか?

 我々の身の回りには、さまざまな一見してどのようにして起こるのかわからない不思議な現象があふれている。こうした現象を理解するため、その対象を数理モデルで表現する。問題を数学の範囲に落とし込めば、これまで人類が積み重ねてきた偉大な数学の蓄積の恩恵に与かることができる。具体的に言えば、数式を通して問題の構造がより見えやすくなるのである。また一方で、単純化により問題を考えやすくするという利点もある。モデル化の際には理論的に扱いやすいようにするため、問題の本質と関係ないと思われる部分(これには研究者の主観が大きく影響する)を削ぎ落し、対象とするシステムの骨子だけ残して表現する。これにより、無視した他の要素がモデルにおける結果に影響する可能性を排することができるのである。

 このように、数理モデルは(本来は)現象を理解(予言)するため(だけ)に導入されるものであり、それ以外の理由(ただ面白いからとか、綺麗に解けるからとか)で作った数理モデル数理モデルではありえない。ただし、数学や理論物理などの分野で(当初は正当な数理モデルとして提案された)モデル自体に数理的な面白さや深みがあり、現象の記述とは別に独自の発展を遂げたものもあり、それらについて価値を否定するものではない。また、多数の変数を含む形で到底現象の「理解」には役に立たなそうなモデルを使って、コンピュータシミュレーションの力を借りることで現実を忠実に再現しようとする方向性もあるが、今回述べる「数理モデル」とは別のものということにさせてもらう。

 

単純化と現象の説明能力

 「現象を正しく説明出来るのであれば、モデルは単純であるほど良い」、というのは基本的な考え方だとしても良いと思う。普通、モデルが単純になると現象の記述が粗くなり、たとえば実システムとの定量的な一致は望めなくなる。その場合は定性的な振る舞いや、分布のべき指数くらいの「ざっくりした振る舞い」を記述することが目的となるべきである。逆にモデルが複雑になると、定量的な振る舞いなどの「細かい振る舞い」も合わせられるようになってくる。

 

f:id:tEzk:20150622221415p:plain           f:id:tEzk:20150622220957p:plain

複雑なモデルを選択するのであれば、単純なモデルでは不可能な程の、高い現象の説明能力が要求される。なぜなら、モデルに対する解析や理解が難しくなるのにわざわざ複雑なモデルを選択する合理的理由がないからである。逆に粗いモデルなのに、結果を高い精度で(例えば定量的に)表現出来すぎている場合、それが偶々フィッティングできただけではないかはチェックしたほうが良い。(もちろん、現象の普遍性を捉えた極めて素晴らしいモデルかもしれない。)

 

数理モデルによる結果の説得力

 数理モデルを使った研究の結果、晴れて現象の説明(あるいは予言)に成功したとしよう。それは本当に現象の本質を説明しているといえるのだろうか?残念ながらこれを証明する手段はない。モデル化の際に不可避の単純化によって現象の本質がゆがめられたり、無視した効果のほうが重要であるという可能性があるからである。もちろん、いくつかのモデルの(軽微な)バリエーションによる結果も添付して結果のロバスト性について補強することはできるが(そのような「チェック」を論文の末尾に添付する場合も良くある)この問題を完全に解決することにはならない。結局、モデル化の妥当性を読む人が判断して評価するしかないのである。この部分が数理モデルによる研究で一番頻繁に議論になるところといっても差し支えないだろう。

 このような事情から、得られた結果については、まずモデルの前提と説明した現象がどのように対応づいているかを明らかにすることが重要である。これにより、現実のシステムが前提としてそのような要素を持っている場合、(他の要素によってかき消されるかもしれないが)少なくとも説明したメカニズムがその現象に寄与しうると主張しやすくなる。加えて前提条件として仮定した部分が揺らいだ時に結果にどう影響するかも議論することで、意味のある研究として認められることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて英語論文を書く際にまず気を付けたい3つのポイント

研究者を目指す学生にとって最初の大きな難関が英語で論文を書くことであろう。

ただ読むだけでも大変な英語論文を、自分で書くとなるともはや何がどう難しいの

かすらわからないかもしれない。私のような若輩研究者が偉そうなことを書くのも

畏れ多いが、普段学生の論文を指導したり海外ジャーナルの査読を行っている

わずかばかりの経験から、そんな方々に是非

 

「まず最低限気を付けてほしいこと」

 

を下記に述べたいと思う。無論、(余程のことがない限り)初めての論文執筆でまともなレベルの文章を書けるはずがないので、結局周りから相当な量の指導を受けることになるのであるが、事前に下記のことに気を付けてもらえればお互いに時間と労力を削減できると思う。もちろん、多少の事情は分野や研究室、指導教員(共著者)によっても異なるので状況に応じて適宜参考にしてもらえれば幸いである。

 

f:id:tEzk:20150603215513j:plain

 

1.いきなり英語で書こうとしない

普通、英語ネイティブでない人間がいきなり文章を書こうとすると、文法や用法がガタガタになるのに加えて、文章内容のレベルまで落ちてしまう。表現能力が足りなかったり英語で書くことに精一杯になってしまうことで、内容の質を高めることに集中できないからである。

以下、この英語レベルと内容レベルを(時間をあまり無駄にしないで)できるだけ上げる方法について述べる。

 

 まず第一にオススメしたいのが、書き始める前に関連論文をたくさん「読む」ことである。読むといってもただ普通に読むのではなくて、何か使えそうな部分が無いか盗む気持ちで読む。近い内容の論文であれば、自分の論文でも使える典型的な英語表現が多く含まれているだろう。こうした表現は(1文まるまるコピーするのは良くないが)アレンジして使えるようにメモする。また、どういった単語を選んでいるかに注意する。(例えば、良く知らない状態で英作文すると論文にそぐわないインフォーマルな単語をたくさん使いがちである。これについては別の記事で詳しく述べたい。)また、議論や説明の細かさ、断っておくべきことといった作法にも目を配る。

 

どちらにしてもイントロを書くときにはそれなりの量の文献をサーベイしなければならないので、折角ならば前もって十分な量の論文を読み込んでおきたい。大分慣れてくると、「ああ、こういう表現は(見たことないし)多分使わないな」というのがなんとなくわかるようになってくる。これにより、見当はずれの英語を書いてしまう回数が大分減る。

 

 加えて、実際に英語で文章を書く前に論文の流れ、構成を(箇条書きでも和文論文形式でも何でもいいので)日本語で作り、その時点で共著者や指導教員に意見を仰ぐ。これにより内容の質が下がるのを防ぐ。

これは指導する側の(個人的な)視点なのだが、もし英語と内容が両方崩壊していた場合、(そもそもどういう流れで何を言いたいのかわからないので)代替案を提示するのにそれなりの労力を要する。従って、このように「内容レベルでの修正」と「英語レベルでの修正」を別途行わせてくれたほうが助かる。(もちろん書く側からすれば二度手間のように感じるかもしれないが、「困難は分割せよ」ということで是非我慢してほしい。)

 

f:id:tEzk:20150603215938j:plain

2.図で手を抜かない(ちゃんと見やすい図をつくる)

文章を書くのに精一杯になっていると、どうしても結果の図の見易さが疎かになりやすい。(少なくとも私の分野では)図がテキトーな論文は高確率で残念な論文であり、見た目の時点で素人感が出てしまう。詳細についてはこれも別の記事で述べたいが(あるいは検索すれば有益な情報がいくらでもネット上に見つかるだろう)、見やすい図の要件としては例えば

・凡例やラベルなどの文字が大きくて見やすい

・全ての線が一定以上太くて見やすい

・色やマーカーの設定が適切で見やすい

等の点が挙げられるだろう。それぞれどの程度強調するかはジャーナルの雰囲気にも依るので適宜参考になる文献を見て考えればよいと思う。(例えばNatureやScienceなどの雑誌に載っている図は多くの場合上記のポイントがおさえられている。)

また、Excelで作った図をデフォルト設定のまま使用するのは避けたいExcelでも少し手間をかければ(不要な枠線を消去、軸・マーカーに仕様する色やサイズを工夫するなどして)Excel感を消すことは可能である。私の分野ではExcelではなくgnuplotなどを使っている人が多い印象である。(ちなみに私はMathematicaを使っている。)

また、図のサイズやラベルなどに使う文字のサイズ・フォントは出来るだけ全体で統一する

 

f:id:tEzk:20150603221805p:plain

3.英語の細かいルールを遵守する

最初のうちはどうしても英語の文法ミスをしてしまうものである。以下に述べるような細かいミスは簡単に修正できる(が多発すると指摘が面倒な)ので事前にチェックして直しておく。

・文中のカンマやピリオドの後は必ず半角スペース

・略語を表すピリオドの後も半角スペース ("i.e."や"e.g."の一つ目のピリオドなどは例外)

"Fig.1"(間にスペースなし)ではなく"Fig. 1"(間にスペースあり)とする。

 

 ・引用文献の前も半角スペース(ジャーナルの引用スタイルに依存)

(例:○… has been proposed [1]. ×…has been proposed[1].)

 ・スペルミスは(出来れば簡単な文法ミスも)ワードエディタ等のスペルチェッカーを使って事前にチェックする。

たとえばMicrosoftのWordでもそれなりに機能する。

 

普通このような細かいレベルのミスが投稿の時点で残っていることはほぼないと思うが、もしいくつも残っていた場合レビュワー(査読者)の印象が悪くなることは言うまでもない。

 

 

 

まとめ

以上、初めて英語論文を書く学生の方々にまず最初に気を付けてほしいことを3点挙げた。いずれも初歩的なことだが(意外にできてない場合が多く)、先にやっておいてもらえると指導する側の労力が減って(結果として質の高い指導を受けられることになり)良いと思う。実際の論文執筆の進め方や内容の詰め方に関しては指導教員や研究室それぞれなので、その部分についてはここでは述べていないが、上記に挙げたのポイントは概ね一般的に役立つのではないだろうか。